2015年4月5日日曜日

桜の季節・長女引越しの顛末



家内の実家裏の小さな公園


 月を跨いで南牧(なんもく)村を離れていたかたじ屋一家。

華の都TOKYOシティはすでに桜も満開、至る所でこんもりと盛り上がるように枝先を膨らませ、はかないほどの白さで咲き誇る道々の桜を眺めながらの日程となりました。

好天にも恵まれ、長女が進学を決めた山梨県は都留市に向かい、4月から一人暮らしをはじめる部屋を確認後その脚で家内の実家・西新井へ。

毎年この時期に、義父の墓がある茨城の義父・生家近くのお墓に出向くため、家内の母親を連れて墓参りを行うのが恒例行事となっているのです。

今回の日程は、この墓参りに加え、長女のアパート引越し作業も兼ねていましたのでなかなかのハードスケジュールとなりましたが、なんとか予定をこなして一昨日帰村となりました。




南牧(なんもく)村を出立し、まずは山梨県・都留市に向かって入居する予定の部屋の内部を確認。

3月末まで入居していた学生たちが、卒業して部屋を出て行ってからでなければ内部を確認できないため、クリーニング業者が内部の清掃をしている最中に様子を確認しなければならず、2日後には引越し作業を行うというスケジュール。

内部確認後、東京へと向かう道すがら、某日用品安売り大手ニトリに立ち寄り生活用品その他を物色・購入しながらの甲州街道~環七~足立区・西新井です。

あらかじめ主だった品物はネットで購入、引越し当日に届くように手配はしていましたが、それでもなんやかんやと必要な物が出てくるものです。後部座席を倒して買い込んだ品物を詰め込んで家内の実家に到着してしばし休憩となったのでした。



 翌日は早朝から、お墓に供えるお花や義父の実家にご挨拶する際のお土産物などなど詰め込んで茨城県へと向かい、午後は午後で長女の生活用品不足分、次女の寮生活必要品、末っ子長男こぐまくんが、貯めたお小遣いどうしても買いたいとほざく“動いても外れないイヤホン?”を探しに近くの大型ショッピングモールへと駆り出される私。

お墓参りが主目的だったのか、ショッピングモールのついでに格下げされてしまったのか定かではありませんが、この日の予定も無事にクリアして更に翌日、お昼過ぎには私と家内だけ高速代をケチってひたすら17号での南牧(なんもく)村一時帰村を決行。

歴代の子供たちに愛用されてきたピンクの自転車

帰宅してすぐに作業は始まり、長女の引越しに合わせてかねてから溜め込んでおいた生活用品やら私物が詰め込まれた段ボール箱、布団一式、20年余り使い込んできた縦長の食器棚、音楽科専攻ですのでキーボードは必需品!

長女のアパートに一晩泊まり込むための家内用の布団一組(私はというと・・・なぜか私だけ寝袋なのです。)やら、お米やらなんやらを、2列目・3列目シートを倒してフラットになった社内にこれでもかッというほど詰め込んで作業は終了。時刻は夜の9時過ぎとなっておりました。



明けて翌朝。

そこらへんにあるもので簡単に朝食を済ませ、午前6時には自宅を出発。
目指すは山梨県は都留市の長女入居予定のアパートです。

現地到着してすぐに、手続きをお願いしていた不動産屋さんに顔を出し、部屋の鍵を受け取っていざアパートへ。

3階建てのアパートは、すぐ目の前が大家さんの経営する電気店。
まずは電気店の大家さんへのご挨拶をこなして早速引っ越し作業は開始され、次々と車内から荷物を運び出す家内と私。

景色も風通しも良いからと、選んだ部屋は最上階の3階奥・角部屋305号。
この選択が仇となり、外階段を上り下りして一度に運べる荷物は一抱えほどの量にすぎません。日ごろからトレーニングを欠かさない私にはたいしたことがありませんでしたが、案の定、家内の筋肉痛は翌日にはあらわれ始め、都合3日間ほどはロボットのようなぎこちなさ。 なっはっはっはっは!

間もなく、西新井の家内・実家から電車を乗り継ぎ現地入りを目指した長女が、途中線路付近の火災による電車ストップに見舞われながらもなんとか現地合流して作業は本格稼動。



午前中必着で手配してあったネット注文分の大きな荷物。
まともに届いたのは3社注文中たったの1社という状況に焦る私。

問い合わせてみると、配送業者の某・飛脚便の受付担当者が言うことにゃ、『お客様のお荷物番号のお品は最寄営業所に入荷していることになっているんですけど・・・・。ドライバーの話では荷物が見つからないらしいのです。誠に申し訳ないのですがお探ししますので明日の配達でもよろしいでしょうか?』というもの。

冗談ではないのです。
見つからないから明日でも良いですか?って・・・。

良い訳がないのです。

何日も前に注文して配達日を指定しておいたのですから、良い訳がありません!

『今日の午前中必着になっていると思いますので、荷物を探し出して今日中に届けてください!』と言い残して電話を切る私。

もう一社の某・黒猫便も似たり寄ったりの対応。
『ドライバーが積み込んで営業所を出ているのですが、連絡が取れないんです!』とのこと・・・。

知るかッ。

その後、某・黒猫便のドライバーから連絡があり、結局午前中必着の荷物が届いたのは夜の8時過ぎだったのでした。



ロフト式のベッドの組立てやら収納の手直しやらと、引越しの作業は夜まで続き、その日は狭いアパートの一室に長女と家内と私だけ寝袋に包まって就寝。

翌日も朝から不足品の買出しなどなど、午前中一杯かかってようやく準備は整い、この日から一人で暮らす長女を残し、西新井で待つ子供たちを迎えに進路をTOKYOへととった我が家の愛車・イプサムだったのでした。



その日の夜には、次女と末っ子長男こぐまくんと家内と私で帰宅した南牧(なんもく)村。

翌日の朝、次女が高校生活をおくる新潟の地に送り出すために、高速バスが発着する高崎市まで送り届けて今回の工程はようやく終了。

なんとも忙しなくも賑やかな数日間となったのでした。

ということで、さあ私たちも新年度のスタートです。

3 件のコメント:

  1. カッパ4/10/2015

    かたじ屋殿

    風呂川の河童

    かたじ殿の奮闘されている姿が浮かぶ文章を読んでますとね・・・・
    勝手ながら、掲載されている写真の向こうに子供への父親の視線と言うか、
    思いと言うか、そのようなものが見えてくるのでありますよ。

    ナニヤラ懐かしさを覚えるカッパかな

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    1. かっぱどの

      なんだか読み返すと、文章が整わず箇条書きのような文章ですね。

      まあそれにしても忙しない数日間でした。

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  2. カッパ4/14/2015

    かたじ屋殿

    風呂川の河童

    いやいや、なかなか父親の熱を感じる文章でありますよ。
    若さならではの奮闘記ですよ。
    年齢を重ねると、と〜ても出来るものではありません。
    懐かしさを覚えると共にかたじ殿と私の年齢差の大きさをいろんな意味で感じましたね。

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